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東京地方裁判所 昭和39年(ヨ)2772号 判決 1964年6月30日

債権者 藤田善二郎

右訴訟代理人弁護士 荒木昌一

債務者 鈴木利

主文

一、債権者が本判決言渡後七日以内に保証として金一〇万円を供託することを条件として、次の仮処分を命ずる。

(一)  債務者は、本判決送達ならびに右保証供託後七日以内に、別紙物件目録記載の土地上に債務者が設置したコンクリートブロツクの工作物及び建物を撤去しなければならない。

(二)  債務者が右期間内に右物件を撤去しないときは債権者の委任した東京地方裁判所執行吏はこれを撤去することができる。

(三)  債務者は債権者が別紙物件目録記載の土地を通行することを妨害してはならない。

二、債権者のその余の申請を却下する。

三、訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

債権者訴訟代理人は、主文掲記の土地の幅を四尺とするほか、主文第一ないし三項と同旨の判決を求め、その理由として、

別紙目録掲記の東京都江東区深川千田町一二番の三〇、宅地二〇坪は、隣接の同所同番の九、宅地二〇坪三合九勺と合せてもと一筆をなし、債権者の所有に属していたが、一二番の九の部分を申請外西田四郎、一二番の三〇の部分を債務者がそれぞれ不法に占有していて係争中であつたところ、昭和三六年五月二二日債権者は右一二番の三〇に相当する部分を債務者に売り渡し、同年八月二五日右のように分筆した上、昭和三八年一〇月二六日債務者宛に所有権移転登記を了したものである。右一部譲渡の結果、残部の土地(分筆後の同番の九、二〇坪三合九勺相当部分―以下便宜上分筆後の地番を以て表示する)はいわゆる袋地となつたが、同地は西田に対し明渡請求中でありいずれは債権者において占有を回復することは当然予期されたことであるので、右譲渡の際、債権者と債務者との間で、債務者の所有たるべき一二番の三〇の宅地のうち西田が事実上通路として使用していた南側幅四尺の部分約四坪を西田立退後も同番の九九から公道へ出る通路として、債権者において使用することができる旨の特約がなされたのである。仮りに右特約の事実が認められないとしても、債権者所有の一二番の九の宅地は袋地であるから、民法の規定により公道に出るため債務者所有の一二番の三〇の宅地中前記部分を通行する権利がある。しかるに債務者は昭和三九年三月二〇日頃前宅地の境界線上に高さ約二メートルのコンクリートブロツクの塀を築造し、これに沿つてその所有地内に高さ約二メートルの鉄骨の支柱を組み、その上に家屋の建築を始め、前記通路を閉鎖したので債権者所有の一二番の九の宅地から公道へ通じることができなくなつた。そこで債権者は債務者を相手に通行権確認並びに妨害排除請求訴訟を提起すべく準備中であるが、債権者には次のような事情があつて、現在のまま本案訴訟の判決を待つていては多大の損害を蒙るのである。

即ち、債権者は一二番の九の宅地上に建物を建築した上、国内外向けのクリスマス用紙製品の下請加工業を為す予定の下に、申請外田実工務店と昭和三九年三月五日代金八七七、〇〇〇円をもつて建物建築請負契約を締結し、内金二五万円を既に支払い、請負人においては木組も既に完了し、建築にいつでも着工出来る状態にあつて、このままこれができなければ、請負人に対し、損害の賠償をしなければならない事情にあるし、又前記の事業の為に予定した作業員も手離さざるを得なくなり、この点においても多大の損害を蒙るのである。

よつて本件申請に及んだ。

と述べ、

債務者は、申請却下の判決を求め、答弁として、

本件一二番の三〇の宅地二〇坪が、隣接る一二番の九の宅地二〇坪三合九勺と併せてもと一筆であり、債権者の所有に属していたこと、昭和三六年五月二二日債務者が債権者より右一筆の土地のうち本件一二番の三〇相当部分を買い受け、同年八月二五日分筆されたものであること、右分譲の結果残余の部分(分筆後の一二番の九、二〇坪三合九勺相当部分)がいわゆる袋地になつたこと、債権者主張の頃債務者が両地の境界線に沿つてコンクリートブロツクの工作物を築造したこと(但しこれは塀ではなく建物の基礎である)、建築中の家屋のあること、右ブロツクの工作物と建築中の建物によつて、一二番の九の宅地から同番の三〇の宅地を通つて公道へ出ることができないことはいずれも認める。債権者と債務者との間に、通路使用に関して債権者主張のような特約のあることは否認する。

と述べ、

疎明≪省略≫

理由

別紙目録掲記の東京都江東区深川千田町一二番の三〇宅地二〇坪が、隣接の同所同番の九、宅地二〇坪三合九勺と併せてもと一筆をなし、債権者の所有に属したこと、昭和三六年五月二二日債権者は右一筆をなしていた宅地のうち分筆後の前記一二番の三〇に相当する部分二〇坪を債務者に売り渡し、同年八月二五日右のように分筆した上、昭和三八年一〇月二六日所有権移転登記をなしたこと、右分譲の結果残部の土地(分筆後の一二番の九、二〇坪三合九勺―以下便宜上両地とも分筆後の地番を以て表示する)がいわゆる袋地となつたことはいずれも当事者間に争いがない。

ところで、債権者は前記のように債務者に対し一二番の三〇の宅地を売り渡すに際し、一二番の九の宅地から公道へ出る通路として右一二番の三〇の宅地のうち南側幅四尺の部分を債権者において使用することができる旨の特約をなした旨主張し、右主張に副う債権者本人の供述が存するが、これに反する債務者本人の供述に照してにわかに措信し難く、他に債権者の右主張を肯認するに足りる疎明はない。

次に債権者は民法所定の囲繞地通行権を主張するので考えてみると、土地の所有者がその土地の一部を譲渡した結果袋地を生じたときは、袋地所有者となつた者は分譲された土地部分のみを通行し得ることは民法二一三条二項の明定するところである。本件においては、既に認定した如く、元来債権者所有の一筆の土地の一部(一二番の三〇相当部分)を債務者に譲渡した結果残部(一二番の九)が袋地になつたものであるから、右袋地所有者たる債権者が債務者に対してその所有となつた一二番の三〇の土地につき通行権を主張し得ることは明らかである。本来かように公路に近い一部分を譲渡する場合、譲渡人としては同部分に地役権の設定等契約により通行権を確保できるし、かように措置することが妥当であるが、そうだからといつて、民法二一三条二項の適用をこの場合否定する理由はない。

ところで通行すべき場所は、通行権を有する者が袋地を通常の用法に従つて利用するにつき必要にして、囲繞地にとつて損害の最も少い場所でなくてはならないところ、公文書であることによつて真正に成立したものと認め得る疎甲第四号証の記載並びに債権者、債務者各本人尋問の結果によれば、昭和二四、五年頃以来一二番の三〇の宅地上には債務者が、一二番の九の宅地上には申請外西田四郎がそれぞれ家屋を建築して居住し、右各土地を占有、使用してきたこと、しかし乍ら、右使用はいずれも債権者に対抗し得る権限に基くものでなかつたため、債権者から再三土地の明渡を求められていたところ、債務者は、前記のとおり、その占有する一二番の三〇の宅地を債権者より買い受けることとなつたが西田はその占有する一二番の九の宅地を買い受けるに至らず、ために債権者より建物収去、土地明渡の訴訟を提起されて、昭和三八年五月二七日敗訴の判決を受け、結局昭和三九年三月二〇日頃右土地から退去したこと、一二番の三〇の宅地上の債務者所有家屋は同地の南側に四ないし五尺幅の空地を余して建てられており、西田は一二番の九の宅地に居住を始めた当初から右退去に至るまでの間引き続いて右空地を一二番の九より公道へ出るための通路として通行、使用し、債務者もこれを容認してきたこと等の事実が一応認められ、以上の事実からみれば、債権者が一二番の九の宅地を利用するについては一二番の三〇の宅地の南側約四尺の幅員部分を通行して公道へ出ることが必要で、かつ同所を通行することが債務者にとつても最も損害少いものと一応認められる。そうだとすれば、債権者は右同所を通行する権利あるものと一応言つて差支えない。

しかして債権者に右の如く通行権がある以上、債務者はこれを妨げるような工作物をその通路に設置してはならないこというまでもなく、設置した場合には債権者は債務者に対してこれが撤去を求めることができるものといわねばならないところ、債務者が前記両地の境界の全面に沿い、一二番の三〇宅地上にコンクリートブロツクを約二メートルの高さに積み重ね、その上に建物を建築することによつて前記通路を閉鎖し、一二番の九宅地から公道へ出ることを不可能にしたことは債務者の認めるところであるから、債権者は右通行権に基き債務者に対してその通路部分に存する右工作物並びに家屋の撤去を求める権利があるものといわねばならない。

ところで、債権者が右権利の終局的確定を待ち得ない事情(保全の必要性)が存在するかどうかを見るに、債権者は一二番の九の宅地上に建物を建築した上、クリスマス用紙製品の下請加工の事業をなす予定であり、既に建築業者と建築請負契約を締結し、代金も一部支払済である旨主張し、疎甲第九ないし一一号証の記載及び債権者本人の供述中には右主張に副う内容がみられる。しかし乍ら、建築基準法四〇条、東京都建築安全条例三条二号によれば、原則として、建築敷地が路地状部分によつて道路に接する場合において路地状部分の長さが一〇メートルをこえ、二〇メートルまでのときは右路地状部分の幅員は三メートル以上なければならず、右の制限に違反する建築は許可されないことになつており本件の場合いわゆる路地状部分(通路)の長さは一二、一一メートル(六、六六七間)であること債権者の自認するところであるから、右基準に従えば幅員として三メートル以上を要することとなる。しかるに債権者のため通行権を認め得る通路の幅員は前記の如くせいぜい一、二一メートル(四尺)に過ぎない(建築法規に適合する範囲まで通行権が当然あるとは解し得ない。)から一二番の九宅地上に建物を建築することは法定の建築基準に適合しないものとして許されない筈である。この点よりすれば債権者主張の如き保全の必要性はこれをそのまま肯認することができないのであるが、およそ土地所有者は所有地を常時何らかの目的に利用し得、また何らかの方法によつてこれを管理する必要あるこというまでもなく、他人に正当な通行を妨げられているため所有地に出入できずこれを放置しなければならないこと自体、所有者に非常な苦痛と損失を与えることは、容易に肯認し得るところである。従つて本件仮処分の必要性は結局認めるのが相当である。しかし、右の目的を達するには通路の幅員二尺を以て必要かつ十分と考える。

以上の次第で通路の妨害物の撤去並びに通行妨害禁止を求める債権者の本件申請は保証供託を条件として、さしあたり右の限度で認めることとし、その余の部分については必要性の疎明が欠け、又保証を以て疎明に代えることを相当とする事案でもないので却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 小堀勇 裁判官 佐藤安弘 田中弘)

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